モナムール

解離性同一性障害が、寛解するまでの独り言

生きることについて。

特に何も考えずに、綴っていくのはよくないので中心となるテーマを考えてます。自己紹介ですが、私の名前はなく、無名です。今日は生きることについて書こうと思います。私は思うのですけれど、生きるだけで凄いことなのだと思います。世間は生きることが当たり前だと見做されて、プラスαが要請されているので、当然のこととして、大半の人々の内心では生きることは、大したことではないと云う位置付けなことでしょう。それ故に苦しまれてる方もいることだろうと思います。実際に病気を患うなどすると、生きると云う営みが如何にハードルが高いか実感して、されど周りの人間に大したことなどないと冷笑的な態度を取られて、自身でさえ、この生きることの難しさを否定的に捉えて、当然の如く、生きることに精一杯でプラスαなどない自分自身に葛藤を感じる人は多いのではないかと思います。私の経験上、生きることは途轍もなく、難易度が高いです。されど、死ぬと云うことも、また難易度が高いので、強制的に、まるでゾンビの如く、生の孤島で生かされ続けてるわけです。もちろん、生きることなんて、呼吸をする様に当然の営みで、プラスαを持て余してる人間も世の中にはいることでしょう。ただ私の様な人間もいること、もしくはいたことは確かです。そして、私はもしこのブログを読んでくださるあなたが生きづらさを感じてるならば、分かってあげられないけれど、一つの肯定を与えられます。そうです。あなたは生きづらいのです。生きてて偉いのです。私はあなたを褒めましょう。と云うのも、私自身が、誰かに、私の感じてる生きるハードルが高いと云うことを、肯定されたくて、褒められたかったからです。だから、私は肯定します。褒めます。